氷が失われていく北極海を船舶と原油から守るよう緊急に求められる―IUCN世界遺産レポート
和訳協力:古澤 陽子、校正協力:伊川 次郎
2017年4月4日 IUCNNews
International Union for Conservation of Nature(IUCN:国際自然保護連合)が、アメリカに本部を置くNatural Resources Defense Council(NRDC:自然資源防衛協議会)とUNESCO(国連教育科学文化機関)のWorld Heritage Centre(世界遺産センター)と共同で本日発表した科学報告書によると、海の氷が溶けることで、海運業や底引き網漁、石油探査などの活動範囲が今までになく広がる今、北極海の保護が緊急に必要とされているという。
この報告書では、世界的に重要とされる北極海の7つの海洋地域を特定し、それらの地域は保護を必要としている上に世界遺産に値する可能性もあると指摘している。
「北極海は地球の気候を決定する極めて重要な役割を果たし、多様な種の生息地となっていますが、それらの種の多くは絶滅の危機に瀕しています」と、IUCNのGlobal Marine and Polar Programme(世界海洋・極地プログラム)の責任者であるCarl Gustaf Lundin氏は述べる。
「World Heritage Convention(世界遺産条約)は、地域的に最もすぐれた生息地への国際的な認識を高め、保護を促進させる大いなる可能性を秘めています」。
北極海は、地球の最北に1,400万km2にわたり広がっている。
その冷たい海は、ホッキョククジラ、イッカク、セイウチなどを含む、他では見られない野生動物の住み処となっている。
地球の中でも手つかずの海の一つである北極海は、ホッキョクグマやAtlantic puffins(ニシツノメドリ)などといった、IUCN Red List of Threatened Species(絶滅危惧種に関するIUCNレッドリスト)で絶滅危惧II類に指定されている、絶滅の危険性が高い種の貴重な生息地となっている。
しかしながら、地球上の他の地域と比べて2倍の速さで温暖化が進む北極では、気候変動が大いなる脅威をもたらしている。
海の氷が急速に溶けることで、今まで到達できなかった場所に、新しい航路や、油田やガス田の開発、商用漁業が広がる可能性がある。
このような変化に対応するために、世界的に特異な北極の海洋生態系の理解を深め、効果的な保護を促進していく必要性が増大している。
NRDCのLisa Speer氏は、「私たちの北極海を守るための取り組みが、失われる氷と徐々に拡大していく経済の発展に対応できていないのです。そのため、私たち人類の遺産は危険にさらされています」と述べる。
「私たちは、地域における最も重要な生態学的なホットスポットを、商業的漁業、沖合での油田やガス田の開発、その他の有害な人間の活動から守り、この地域の世界的にも特異な野生生物に、できる限りの生存のチャンスを与えてやらねばならないのです」。
この報告書の中で、世界遺産に登録される可能性のある地域として、以下のものが挙げられた:
・北極で最も古く最も厚い氷を有し、ホッキョクグマが21世紀に生き残る最後の望みとなるであろう残存している多年氷と北東海域のポリニヤ注1)のエコリージョン注2)
・何百万もの海鳥や海洋哺乳類が移動する時に利用する、世界有数の渡り・回遊ルートの一つであるベーリング海峡のエコリージョン
・単一種の海鳥としては最大の大集団をなす、little auk(ヒメウミスズメ)の大集団を支えるバフィン湾北部のエコリージョン
・絶滅危惧IA類に指定されるスピッツベルゲン諸島のホッキョククジラの群れを支える世界最大のフィヨルドを有するスコアズビー湾のポリニヤのエコリージョン
・世界のivory gulls(ゾウゲカモメ)の85%を支える高緯度北極諸島
・西グリーンランドのセイウチや何十万羽ものking eiders(ケワタガモ)の貴重な冬の生息地となるディスコ湾とStore Hellefiskebankeのエコリージョン
・季節ごとに凍っては溶ける氷が海に大きな影響を与えるGreat Siberian Polynya注3)
ユネスコの世界遺産センターのMechtild Rosslerセンター長は、「北極海の美しさとその恵みは他と比べようがありません」という。
「海の生物たちの高速幹線道路ともいえるベーリング海峡から息をのむほどのスコアズビー湾のフィヨルドに至るまで、この地域は地球上のどことも違います。この新しい報告書では北極海の7つの宝となる可能性を秘めた地域を取り上げ、気候変動にも対応できるような保全の取り組みが必要だと指摘しています」。
現在、北極圏には世界遺産に登録されている地域が5か所あるが、中でも海洋の価値が評価されて登録されているのはロシアのNatural System of Wrangel Island Reserve(ウランゲリ島自然保護区の自然)だけである。
2004年に登録されたこの保護区は、Pacific walrus(タイヘイヨウセイウチ)の個体数が世界最大を誇り、その島に群がる10万頭もの動物たちの繁殖場となっている上に、先祖代々、ホッキョクグマの営巣密度が高い地域となっている。
メキシコのエル・ビスカイノクジラ保護区にいるザトウクジラの中には、夏のエサを求めてはるばるウランゲリ島周辺まで回遊しているものもいるという研究もあり、北極海と低緯度に位置する世界遺産とのつながりも注目を集めている。
モナコで今日開かれた"Natural Marine World Heritage in the Arctic Ocean: Report of an expert workshop and review process((仮)北極海の海洋世界自然遺産:専門家会合と評価過程の報告)は、Prince Albert II of Monaco Foundation(プリンスアルバート2世・オブ・モナコ財団)とWWF(世界自然保護基金)カナダの協力を得て実施された。
注1:氷で囲まれた不凍の海水域
注2:生物地理区より小さな生物地理学的地域
注3:ロシアのシベリア、タイミル半島、セヴェルナヤ・ゼムリャ諸島およびノヴォシビルスク諸島に囲まれたラプテフ海の冬でも凍らない海面のこと
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