南極を巡る失われた時間
和訳協力:河本 惠司、校正協力:東川 かよ
2014年10月21日 PEW Charitable Trust Opinion
世界の七大陸のうち南極大陸は、文字通り最も寒い。
最南端の大陸を覆うその広大な氷床には、地球上の90%の氷と61%の淡水が閉じ込められており、その広さはおよそ450万平方マイル(約1200万㎢)になる。
また、そこは地球上で最も寒いだけではなく、最も乾燥し、最も風が強い場所でもある。
この氷に覆われた大陸とそれを取り囲む南極海は、この地球上で最後のほとんど手付かずの地域である。
以下はたった一つの統計データだが、このことがどれほど重要かを示している。
南極の深海から湧き上がる栄養分は海流によって遠くへ運ばれ、最終的には、生命にとって不可欠で栄養分に富む海水の70%を供給している。
この海水は南極以外の世界中を循環し、赤道のはるか北に位置する沿岸の漁場に命を吹き込む。
しかし、そんな辺境の地でさえも、捕鯨や漁業などの人類の活動の影響が感じられ、気候変動は南極海で様々な生命に影響を与えるものそのものだ。
何百万年もの間そこで栄えてきた種を含む、クジラからオキアミに至る数多くの種が、冷たい南の海に暮らしている。
しかし、商業的な漁業の拡大は、気温上昇と海洋の酸性化とも相まって、すでに南極半島周辺のオキアミに影響を与えている。
南極半島の周辺海域は、動物の飼料やオメガ3サプリメント注)を得るための漁船団に重宝がられている。
オキアミは南極海の食物網の基盤であり、オキアミの減少は、クジラ、アザラシ、ペンギンの多くの種など、オキアミを食べている南極の野生生物の食料の減少を意味する。
産業としての漁業の場合、ごく小さなオキアミについての制限はない。
南極の食物網の対極においては、Antarctic toothfish(ライギョダマシ:米国のレストランのメニューでは、Chilean sea bass(チリの海産のバス)として良く知られている)のような食物連鎖の頂点にいる捕食動物の漁獲が、世界で最も南にある海域のロス海における生態系のバランスに与える影響を増している。
ロス海では、過去20年の漁業活動によりライギョダマシ類の資源量が減少している。
しかし、私たちはまだ、多くの南極の無比の生物学的資源を保護することができる。
この地域の管理は、冷戦の真っただ中に12カ国が調印した、明確なビジョンを持つ協定である、Antarctic Treaty(南極条約)が定めており、南極大陸を平和と科学的な目的のための地として宣言している。
1982年には、Commission for the Conservation of Antarctic Marine Living Resources(CCAMLR:南極の海洋生物資源の保存に関する委員会)が、南極海におけるあらゆる漁業活動を管理するために設立された。
この国際機関は以来、24か国と欧州連合が加盟する形に拡大し、南極海の生物多様性を保護する権限を有している。
CCAMLRの意思統一のルール下では、多くの多国間組織の場合と同様に、すべての提案された決定に各国は同意しなければならない。
大半の場合、CCAMLRはこの仕組みのおかげで、南極周辺の漁業活動の管理に際して賢明な行動をとってきた。
さらに2005年には、CCAMLRが自身の管轄下において、海洋保護区のネットワークを設置することに合意した。
約10年間の議論と数年間の作業がなされたにもかかわらず、残念ながら、CCAMLRはこのネットワークを設置する約束を果たすことができなかった。
それはなぜか?
CCAMLRのある構成メンバーがこのネットワークの実質的な議論への参加を拒み、その代わりに時間、お金、政治的信用を浪費する手続上の障害を作っているからである。
2012年以来4回目となる、今月のタスマニア州ホバートでのCCAMLRの年次会合で、各国代表はロス海と南極東部沖の海洋保護区域に関する提案を検討する。
この保護海域には完全に保護されている海洋保護区が含まれており、併せると世界で最も広い1200万平方マイル(約3100万㎢)の海洋が保護されるのとともに、気候変動に直面する南極の生態系についての重要な科学研究と評価が可能となるだろう。
仮に、海洋保護区を設置するCCAMLRの法的権限に異議を唱えるような戦略でこの提案を妨害してきた国々が、今月は方針を転換し、国際協力の精神の下で南極海全体のためにCCAMLRを勝利に導けば、南極条約は賞賛されることだろう。
この地域ではすでに深刻な変化が生じており、南極海とこの海に頼っている生物にはこれ以上待つ余裕はないのだ。
注:オメガ3サプリメントとは、魚油に多く含まれるオメガ3脂肪酸を補う補助食品のこと。オメガ3脂肪酸としてはEPAやDHAなどが有名。
ニュースソース
http://www.pewtrusts.org/en/about/news-room/opinion/2014/10/in-antarctica-time-is-melting-away
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