生物圏保護区におけるヨーロッパの原生自然再生活動
2012年5月4日 IUCN News story
翻訳協力:松井 知子 校正協力:荒木 和子
ヨーロッパでは現在、大規模な範囲にわたって農地が放棄されており、その結果として 、野生動植物復活の気運が過去に例を見ないほど高まっている。この気運はヨーロッパ山間部でとくに盛り上がりを見せている。山間部は、丈夫で回復の早い自然がそのまま残っているからだ。ヨーロッパでは今まさに、生物多様性保護の機が熟している。
ヨーロッパの原生自然再生活動は、多くの農村部で今なお生計を立てている人々や共同体にとって、補助金を受けて天然資源を採取する経済から、自然や野生といった価値の上に成り立つサービス経済へと移行する新たなチャンスとなる。しかしながら、ヨーロッパに生息するすべての種のうち、推定で50パーセントかそれ以上が広々とした地形で生息しているため野生の草食動物、なだれ、昆虫の大量発生、風、洪水、浸食、火災、など、開けた地形を維持するような自然体系を促すことが主要な課題の1つになっている。
4月26日、ドナウ・デルタ生物圏保護区機関(Danube Delta Biosphere Reserve Authority)とWWFルーマニア(WWF-Romania)が、ルーマニア側のドナウ・デルタ地帯の原生自然再生に共同で取り組むことで合意した。この合意は、2011年に原生自然再生に関する5つの大型プロジェクトを発足させて始まったばかりの「ヨーロッパの原生自然再生活動(Rewilding Europe)」の主導のもと策定された。
まず、ビーバー(beaver)やアカシカ(red deer)を含む多くのキーストーン種をデルタ地帯に戻し、ほぼ消滅していた自然体系にはずみを与える。また、自然の放牧体系を促すために、まずは野生の馬を集団で個体群を移動させる。デルタ地帯の外側領域のCAロセッティ(CA Rosetti)とスフントゥ・ゲオルゲ(Sfantu Gheorghe)の両コミュニティは、580,000ヘクタールの生物圏保護区のうちあわせて70,000ヘクタールにまたがっている。
ナミビアでの経験にならって、野生動植物管理局を設立し、両コミュニティを支援する予定だ。新種の野生動植物は、すでに観察されている鳥の生態やユニークな地形、そして興味深い地元の文化とともに、これらのコミュニティにとって新たな収入のチャンスを生み出す可能性を秘めている。過去数十年間で、漁業や畜産農業による従来の収入が次第に減少してゆき、その結果、若者が流出し、人口の高齢化が進んだ。管理局はまた、デルタ地帯の主要部を管理するより 直接的な役割をコミュニティに委ねるつもりだ。これが、生物圏保護区の理念の中核をなす方針である。
ヨーロッパの原生自然再生活動は、他の2つの生物圏保護区でも取り組みを行っている。ポーランド、スロバキア、ウクライナの国境にある213,000ヘクタールの東カルパティアBR(East Carpathians BR)と、クロアチアのアドリア海沿岸の200,000ヘクタールのヴェレビトBR(Velebit BR)だ。イベリア西部とカルパティア南部での取り組みとともに、その目的は、キーとなる自然体系を取り戻し、自然の力で再び、人間の手がほとんど加わらないより広大な陸や海の地形を一地域につき少なくとも100,000ヘクタール形成することである。
さらにモデル地域として別の5か所でも取り組みの開始が予定されており、WWFオランダ(WWF-Netherlands)、アーク財団(ARK Nature Foundation)、ワイルド・ワンダーズ・オブ・ヨーロッパ(Wild Wonders of Europe)、コンサベーション・キャピタル(Conservation Capital)による合同イニシアティブであるヨーロッパの原生自然再生活動(Rewilding Europe)としては 陸と海を合わせて少なくとも1,000,000ヘクタールを2020年までに原生自然再生するという目標を設定した。
この運動ではある最終形態を目指すのではなく、自然の過程を促進して地形を形成してゆくことが含まれる。人間が積極的に管理しなくても、それ自体で将来にわたって持続してゆくように自然に機能する地形は、原生自然再生活動の取り組みの最終ゴールだ。
野生動植物の復活は、この取り組みの中核をなしている。野生動植物が増えてゆくことは、健全で自己持続型の生態系のキーファクターとして、また人々を感動させひきつけるものとして、そして経済的発展のための収入を生み出すものとして支持されている。
これにより、野生動植物は、今よりも一層個体数を増やして密集するだろうし、失われている種を再び取り戻す助けにもなるだろう。ヨーロッパの原生自然再生活動のイニシアティブの別の重要な要素は、野生状態であることの価値を基礎においた保護活動重視型事業の設立支援である。保護への革新的な取り組み、マスコミの利用、自然をテーマにした事業の発展の組み合わせには個人の大口援助資金寄与者や 多くのNGOなどがすでに関心をしめしている。
選定された5つのパイロット地域はすでに、国立公園、ジオパーク、自然公園、ランドスケープ・パーク、生物圏保護区、ラムサール条約登録地、ユネスコ世界遺産、ナチュラ2000といった、異なる管理体制にある広範囲にわたる領域をカバーしており、原生自然再生活動のコンセプトが どのような保護状態の自然に対しても適用可能であることがわかる。保護されたこれらの地域は往々にして、農地放棄が広範囲にわたって行われている場所であり、原生自然再生活動が保護と地元の発展のための新たな活路を提供している。
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