セミクジラ、絶滅の危機を乗り越え故郷ニュージーランドに戻る
Scott Baker Oregon State University
翻訳協力:森田猛 校正協力:柳川さやか
CORVALLIS(アメリカ/オレゴン州) クジラ猟によって100年以上も前にニュージーランド本島で絶滅し、祖先の繁殖地の記憶も失っているはずのミナミセミクジラ(the southern right whales)が故郷に戻ってきている。
今日発表された研究報告によると、ニュージーランド本島から遠く離れた亜南極諸島でわずかに生き残っていたクジラたちが初めて戻ってきた、とのことだ。
過去の記録によると捕鯨が盛んに行われていた19世紀までは、3万頭ものクジラが毎冬出産と子育てのため、砂地が多く周りから保護されいるニュージーランドの湾内まで回遊していたといわれている。とくにセミクジラは人なつこく、曲芸のような動作をするので、尻尾で水面をたたいたり、跳びあがって水面からほぼ完全に姿を現したりして遊ぶ光景を陸地から観察することができる。
そのセミクジラがニュージーランド本島に戻ってきていることが、オレゴン州立大、オークランド大学、その他団体の調査によって明らかにされた。彼らの研究成果は専門誌「Marine Ecology Progress Series」に発表されたばかりである。
「DNA鑑定にて7頭のセミクジラが亜南極諸島とニュージーランド本島の間を回遊していることが確認されています」。1995年からクジラ調査を実施しているオレゴン州立大海洋哺乳類研究所(Marine Mammal Institute at OSU)のScott Baker副所長はこう述べている。
「このクジラたちはおそらく最初にたどり着いた開拓者でしょう。ニュージーランドの湾内は周りから保護されており繁殖には格好の場所です。最初の開拓者に続いて、近いうちに次のクジラの群れがかつての生息地に移り住んでくるかもしれません。」とBaker副所長は期待を寄せている。
Baker副所長によると、ミナミセミクジラは陽気な動作と岸の近くを泳ぐ習性のおかげで、個体数が急速に増えているアルゼンチンや南アフリカでは観光の主要アトラクションとなっている、ということだ。
現時点で3種類確認されているセミクジラだが、英語ではThe right whales (都合のいいクジラ)という名前がつけられている。殺すのに「都合がいい」というはっきりとしない特徴が名前の由来だ。
セミクジラは岸から漕ぎ出した小さなボートでも捕獲が可能で、近づいてくるボートから逃げ切ることが出来ない。そのうえ、体内に脂肪が蓄積されているため、殺されると海面に浮かんできてしまうのだ。この特徴はセミクジラを生態学的に奇跡と言わしめる一方で、狩猟者の絶好のターゲットにもなってしまった。
ヒゲクジラ亜目の中でも大型のセミクジラは、大人になると体長は18メートル、体重は100トンまで成長する。子どもでも1トンもあり、その寿命は70年以上といわれている。
ニュージーランドとオーストラリアにおけるクジラ漁は1830~1840年代に最盛期を迎え、わずかに残ったセミクジラも1960年代初頭に旧ソ連によって違法に捕獲され尽くしてしまったと報告されている。ニュージーランド本島付近では20世紀になってから数十年もの間、クジラは1頭も確認されていない。
しかしながら、亜南極の海にあるニュージーランド南方のオークランド諸島やキャンベル諸島付近でセミクジラの一部が生き残っていたのである。ただセミクジラには、回遊ルートや繁殖地を母から子に受け継ぐ「母性的忠義心 (maternal fidelity)」がきわめて強い。
ニュージーランド本島はかつてセミクジラの格好の繁殖地だったが、 最後の個体が死滅してからは彼らは再びこの地に戻ってくることはなかった。
「『母性的忠義心』が強いことによって、セミクジラは地域内での個体を維持することが困難となり、小型ボートや手製の銛といった単純な狩猟道具であっけなく絶滅に追い込まれてしまったのです」。今回の調査報告書の代表執筆者であり、オークランド大学の非常勤勤務であるBaker副所長の助手として共に研究をしている同大学博士課程の学生、Emma Carrollさんはこのように述べている。
彼らの研究報告によると「繁殖地への忠義心は文化的記憶の一種と考えられています。したがって、かつての繁殖地の記憶はそこに生息していたクジラとともに失われてしまったと思われます」とのことだ。
にもかかわらず、近年ではセミクジラが何頭か戻りはじめているのだ。2005年まで本島付近で確認された繁殖可能な雌の個体数は十数頭にも満たなかったし、現在でもその数はまだ数十頭程度である。ただ、そのうち数頭は間違いなく亜南極諸島から回遊してきていることが最新の調査によって明らかになっており、さらにその数は増えていくと考えられている。
この調査はアメリカ国務省、ナショナルジオグラフィック誌、オークランド大学、海洋生物保護活動基金(Marine Conservation Action Fund)及び各種環境保護団体・機構による後援、 ニュージーランド文化遺産省(New Zealand Department of Conservation)、オーストラリア南極局(Australian Antarctic Division)、マッコーリー大学及び西オーストラリア博物館の協力によって行われている。
「セミクジラはきわめて美しく観察する価値のあるクジラなのです」ベーカー副所長はこう言う。 「かつては何千頭ものセミクジラがニュージーランドにいましたが、彼らは自分たちの祖先が住んでいた場所を再発見したのです。今後クジラがどうなっていくのか見ものですね」
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備考: ミナミセミクジラの写真はここから http://www.flickr.com/photos/oregonstateuniversity/5863853395/in/photostream
http://www.eurekalert.org/pub_releases/2011-06/osu-fbf062311.php
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